eKYC導入にかかるコストと運用負担のリアル

株式会社Liquid
目次
はじめに
金融サービスや携帯電話の契約、ECサービス等のオンライン化が進む中で、本人確認(eKYC: electronic Know Your Customer)の重要性はますます高まっています。
日本では「犯罪による収益の移転防止に関する法律(犯収法)」や「携帯電話不正利用防止法(携帯法)」などの関連法規に基づき、非対面での本人確認手法が整備されてきました。
しかし、2027年4月に予定されている犯収法施行規則の改正(携帯法は2026年4月1日に改正)により、長らく多くの事業者が採用してきた ホ方式(本人確認書類の撮影+容貌の撮影) は廃止されます。
※2027年「ホ方式」廃止後に導入すべきeKYCとは
これにより、ICチップを活用した方式(へ方式・カ方式・ル方式等) への移行が不可欠となり、事業者にはシステム導入だけでなく、運用体制・UX設計・不正対策を含めた包括的な見直しが求められます。
その際に必ず直面するのが次の問いです。
- 導入後、実際にはどんなコストが発生するのか?
- 方式選定によって運用負担はどう変わるのか?
- どの方式が自社のユーザー層・審査体制に最適なのか?
本記事では、実際の導入企業で起きている課題・負荷・コスト構造を具体的に解説し、どのような観点で方式を選び、運用設計を考えるべきかを整理します。
eKYC導入のコスト構造:見落とされがちな3つの費用要素
本人確認の導入費用というと、「ツールの料金」が真っ先に思い浮かびますが、実際にはそれはコスト構造のごく一部にすぎません。
多くの事業者で重要になるのは次の3つです。
システム利用料(各社共通の基本コスト)
-
本人確認フローの利用料
- 主要方式(へ方式/カ方式/ル方式)の利用可否
- システムアップデートや法令対応の維持
※事業者ごとに内訳や料金モデルは異なりますが、基本的には「月額+従量がセット」になっています。
審査体制にかかるコスト(=目視コスト)
-
審査オペレーターの人件費
- 品質管理・教育コスト
- 二次チェック・エスカレーション対応
eKYCのトータルコストで最も差が出るのがここです。
たとえば AI審査率がわずかに低いだけでも、
目視件数の増加 → 審査遅延 → 運用負荷の増大
という構造が生まれます。
ユーザー離脱による“間接コスト”
-
認証失敗によるCVR低下
- 再申請依頼のサポート工数
- 申込フローの中断による機会損失
特にIC読取方式は慣れない操作が多いため、UX設計次第で完了率に大きな差が出る点は注意が必要です。
方式ごとに変わる“運用負担”の中身
2027年の法改正(携帯法は2026年)の本人確認は、ICチップ読取方式が中心になりますが、方式によって運用負担の発生ポイントは大きく異なります。
カ方式(公的個人認証:JPKI)
- 特徴
- マイナンバーカード内の署名用電子証明書を使用する方式
- 氏名・住所・生年月日・性別の「基本4情報」を取得
- 6〜16桁のパスワード入力が必須
- 有効性確認を行い、登録情報と差異がないか検証可能
- 運用負担のポイント
- パスワード忘れなど、ユーザー側の手続き失敗による離脱が一定発生
- 電子証明書の失効により申請が進めないケースが発生
- ユーザー問い合わせ(パスワード再設定方法、証明書失効時の対応など)が増えやすい
- マイナンバーカードを保有していないユーザー層への代替フローが必要
総評
本人確認としての確実性が高く、取得できる情報の信頼性も高い方式。一方で、ユーザー側に求められる前提条件(パスワード記憶・証明書有効性)が多く、途中離脱や問い合わせ対応の運用負担が発生しやすい方式です。
へ方式(IC読取+容貌撮影)
- 特徴
- 運転免許証・マイナンバーカード・在留カード・特別永住者証明書に対応する汎用性の高い方式
- ICチップの「基本4情報」に加え、IC内の顔画像とセルフィー画像の照合を実施
- マイナンバーカードは券面入力補助(生年月日+有効期限+セキュリティコード)で利用可能
- 運転免許証は4桁×2のPIN入力が必要
- 運用負担のポイント
- 免許証のPINコード忘れ・ロックにより、申請が止まるケースが一定発生
- 運転免許証・在留カードの外字や表記揺れにより、AI審査で吸収しきれない場合は目視対応が必要
- 在留カード・特別永住者証明書は、裏面に住所変更があると法改正後は本人確認として認められないため、追加フローの組み込みなど、運用面の設計が不可欠
- 顔照合が必須のため、撮影品質や環境による再撮影が発生する可能性
総評
対応書類が多く、ユーザーの保有率の観点でも最も採用しやすい方式。
ただし、書類ごとの仕様(PIN、外字、裏面住所)により審査運用の負荷が変動しやすい点が特徴です。
ル方式(Apple Wallet / Android)
- 特徴
- スマートフォンに搭載されたマイナンバーカード情報を、Face ID/Touch IDなどの端末生体認証を用いて取得する方式
- パスワード不要・アプリ不要で、スマホ操作のみで本人確認が完結
- iOSに続き、Androidも2026年秋以降に対応予定
- 運用負担のポイント
- 事前にユーザーが「マイナンバーカードをスマホに登録」している必要があるため、利用開始直後はカバー率に課題が残る可能性
- 端末間の仕様差が少なく、操作は直感的だが、端末未対応ユーザー向けの代替方式が必須になる
- 普及フェーズの状況によって、問い合わせ内容や離脱率が変動する可能性がある
総評
IC方式の中で最もユーザー操作がシンプルで、生体認証によるスムーズな本人確認が期待できる方式。一方で、現時点では利用可能なユーザー層が限定されるため、普及状況を見ながら他方式との併用設計が必要です。
IC読取で発生するユーザー離脱と、CVRへの影響
ICチップを用いた本人確認は、従来の書類撮影方式と比較して「利用者が慣れていない操作」が多く、UX設計の難易度が高い領域です。
離脱の原因はセキュリティ強度ではなく、操作的なつまずきに起因することが多数を占めます。
主な離脱要因
- 端末ごとにNFCの読み取り位置が異なる
- ケース・スマホリングがIC通信を妨げる
- PINコードの入力ミス、暗証番号の失念(免許証・マイナンバーカード)
- ブラウザ遷移やアプリ起動のタイミングが分かりづらい
- エラーが何を意味するのか分からず操作を中断してしまう
こうした現象は、技術仕様・端末差異・ユーザーの操作理解度が複雑に絡むため、方式に関わらず一定数発生します。
離脱が引き起こす運用負担
離脱が増えると、本人確認プロセス全体にいくつかの影響が出ます。
- 申込完了率(CVR)が低下する
- 再申請依頼が増え、サポート対応が増える
- 本人確認が完了しないユーザーが増えることで業務遅延が発生
特に IC方式が主流化する2027年以降(携帯法は2026年)は、「どう離脱を減らすか」がコスト管理の重要なポイントになります。そのうえで、離脱後の審査運用を効率化するうえで鍵になるのが、次に紹介するAI審査率です。
AI審査率が左右する「目視コスト」
eKYCの運用負担を大きく左右するのが「AIによる自動審査率」です。
ICチップ読取方式は取得できるデータ量が多く、書類情報・IC情報・容貌情報など複数の要素を照合する必要があります。
そのため、
- 顔認証の精度
- 外字・旧字体の吸収
- 表記揺れの判定ロジック
- 在留カードOCRの精度
- エラー検知の精密さ
といった要素が、AI審査率に大きく影響します。
AI審査率が低い場合、何が起きるか?
- 目視確認に回る件数が増える
- 審査体制の増強が必要になる
- 申込ユーザーへの結果通知が遅延
- 運用負担とコストが肥大化
- セキュリティ強化のための追加審査が発生
つまり、AI審査率はコストとUXの両面で最も効くレバーといえます。
方式選定の段階では見えづらい部分ですが、たとえば月2,000件のうち自動審査率が10%違うだけで、年間で数千件分の目視工数の差になることもあります。
不正検知レベルの高度化と、今後求められる体制
近年、生成AIの進化により、eKYCを悪用した不正は高度化しており、単純な画像比較だけでは検知が難しいケースが増えています。
増加している不正の例
- 顔画像の使いまわし
- 氏名・生年月日の使いまわし
- SNS等で売買されるマイナンバーカード情報の悪用
- カメラインジェクション(映像差し替え攻撃)
- 生成AI由来の高精細フェイク画像
- 在留カードや免許証の精巧な偽造
これらは、“正しい書類を持っているか”だけでは判断がつきません。
不正申請への対応が運用コストを押し上げる
- 追加で情報提供を求める必要がある
- 本人への確認連絡
- 不正パターンの調査・記録
- 監査対応
- 審査・再審査の工数増大
不正のレベルが上がるほど、
「AIだけで判定させる」→「人が判断すべきケース」
が増え、結果として運用負担が重くなります。
そのため、方式選定だけでなく「不正検知をどのレイヤーで担保できるのか」が、今後のeKYC運用では重要な判断軸となります。
総合比較:法改正に向けた「複数方式の組み合わせ」の考え方
2027年の法改正(携帯法は2026年)を踏まえると、事業者が検討すべきは「どの方式を単独で採用するか」ではなく、ユーザー属性やリスク許容度に応じた「複数方式の組み合わせ」です。
以下の観点で整理すると、方式の選び方が明確になります。
ユーザー層の保有書類と操作難易度
- 免許証保有率の高いサービス
- マイナンバーカード普及に期待できるターゲット層
- スマホ操作に慣れている/いないユーザー層
審査体制(自社/BPO)と許容できる目視件数
- AI審査率が高くないと運用コストが跳ね上がる
- 在留カードユーザーが多いサービスは特に審査要件が複雑
不正リスクと求めるセキュリティレベル
- 高額な金融サービス・資金移動業は不正検知を厚く
- サブスクリプション・会員登録はUX優先など
- サービスごとに求められる“落とせないライン(必要なセキュリティ強度)”が異なる
将来の普及見込み(ル方式など)
- 長期的にはスマホ内蔵(Wallet)の本人確認が主流になる可能性
- ただし当面は併用設計が現実的
まとめ
IC方式が標準となる今後の本人確認では、以下のポイントを中心に検討することが重要です。
UX(離脱率)
IC方式は操作に慣れていないユーザーも多いため、「どれだけ迷わず完了できるか」が申込率に直結します。
AI審査率(運用コスト)
導入後の負担は「何%自動化できるか」で大きく変わります。目視が1件増えるだけでも、手戻り・遅延・追加コストが発生します。
不正検知の層の厚さ
高度化する不正に対し、顔認証・行動分析・ブラックリストなど多層的な対策が必要になります。
法令対応と将来の拡張性
2027年(携帯法は2026年)以降も制度はアップデートされる見通しがあり、長期的なアップデート体制をどう確保するかが大切です。
制度変更とユーザー要件の複雑化を踏まえると、これからeKYCを見直す事業者がまず押さえておきたいのは次の4点です。
- IC方式のUXをどう最適化するか
- 目視件数をどれだけ減らせるか
- 不正をどのレイヤーで抑止するか
- 制度変更にどう追随するか
この4点は、
eKYCを単なる本人確認ではなく、事業成長のインフラとしてどう設計するか
という問いそのものです。
LIQUID eKYCは、金融機関や大手事業者で数多くの導入実績を持ち、法令対応からユーザー体験改善まで支援可能です。
詳細な導入方法や運用に関するご相談は、以下よりお問い合わせください。

Liquidは、生体認証を活用し、認証を空気化することで、世界約80億人全ての人があるがままの状態であらゆるサービスを簡単・安全に使える、なめらかな世界の実現を目指しています。また、金融の取引時確認(犯罪収益移転防止法)、携帯電話契約(携帯電話不正利用防止法)、中古品買取(古物営業法)、不動産取引、CtoC取引などにおける本人確認のオンライン化の流れに合わせ、業界や導入事業者をまたがって横断的に不正検知を行う仕組みを提供し、利便性とセキュリティの両面を追求して参ります。





